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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)337号 判決 1982年10月19日

控訴人(被告)

土田孝士

ほか一名

被控訴人(原告)

木村利秋

ほか一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一事実上の陳述

一  被控訴人ら

1  本件事故は控訴人土田において加害車である普通乗用自動車(以下「控訴人車」という。)を運転し制限速度を超える時速約六〇キロメートルの高速で本件事故現場に向つて北進中、予め交差点に設置された対面する信号機の表示に注意し、進路前方の横断歩道上の歩行者の有無を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠つて進行した過失により、本件事故現場の横断歩道を東から西に向い横断歩行中の訴外ちいに気付かずあと二、三メートルで横断を終えようとしていた同人に控訴人車を衝突させたもので、本件事故の発生は控訴人土田の一方的な過失に基因するものである。

2  控訴人らの主張後記2項中、訴外ちいが自動車損害賠償責任保険から入通院治療費の一部として金九六万八八四五円の支払を受けたことは認めるが、その余の主張は争う。右支払額は訴外ちいの長期にわたる入通院治療期間中の初期に要した費用の一部に過ぎず、しかも内金三二万五八二三円は付添人に対し看護料として支払われたもので、病院に支払うべき医療費の総額は右支払額を遙かに上廻わるが、被控訴人らは本訴において慰藉料の支払を求めているに止まり、入院治療に要した費用は過失相殺の対象とはならないと解するのを相当とするから、入通院治療費を加えた損害の総額を過失相殺の対象とすべき旨の控訴人らの主張は失当である。

二  控訴人ら

1  被控訴人らの主張1項は争う。本件事故の発生について控訴人土田に過失はなく、以下主張するとおり右事故は訴外ちいの一方的な過失に基因するものである。

(一) 控訴人土田は、本件事故現場の手前で速度違反の取締りが行われるところから特に速度に注意し、制限速度の範囲内であることを確認して時速約四〇キロメートルの速度で進行中、控訴人車の左側を高速で追い越し、自車の進路に入り込んで来た車両があつたので、同車は本件交差点を右折するものと考え、衝突地点の約三八メートル手前で把手をやや左に切り、片側車線の中央寄りに移し衝突地点の手前約二四ないし二五メートルの地点で対面信号が青色を示しているのを確認したので同交差点にそのまま進入しようとした際、進路前方約一三・八メートルの地点に訴外ちいを発見し、急制動を施すとともに把手をやや左に切つて避けようとしたが及ばず本件事故となり、衝突後約六・七メートル進行して停車したが、控訴人土田は対面信号が青を表示しているとき進入した自信があつたので、乗客である女性二人に停車時の信号が青であることの確認を求め、右乗客らにおいてこれが事実を認めていたものである。

(二) 控訴人土田が、本件交差点の手前で対面信号が青色を表示しているのを確認した際、赤から青に変わつたばかりであるとしても、控訴人車が衝突地点に達するまで約二ないし三秒を要すると考えられるから、本件事故は南北車線の信号が青に変わつて三秒以上経過した後に発生したものと考えられるところ、南北車線の信号が青に変わるのは東西の歩行者用信号が赤に変わつて九秒後であるから、右歩行者用の信号が赤を表示し衝突時まで少くとも一二秒を経過しているのに対し、訴外ちいは衝突地点まで約一二・三メートルを歩行し、その間老女の足でも一〇秒を要する程度と考えられるから、同訴外人は歩行者用信号が赤に変わつて二秒以上経過した後、いまだ南北車線の信号が赤を表示し南進する車両が横断歩道まで達していないのを幸い強引に横断を開始し、横断歩道の中央附近で南北車線の信号が青になり車両が走行を開始したのにこれを無視し、控訴人車の直前を横断しようとして本件事故に遭遇したものである。

(三) 本件事故現場である横断歩道上は、特に南東隅が暗く、中央分離帯上の柵などのため見通しが悪く、しかも当時訴外ちいは黒つぽい服装をしていたため、控訴人土田において前方注視義務を尽していたとしても避けられなかつたというべきであり、訴外ちいが控訴人車を追越した車両の通過後に出現したとすればなおさら発見は困難であつたというべきである。

(四) 以上の次第で本件事故は専ら訴外ちいの信号無視の横断という重大かつ一方的な過失に基因して発生したもので控訴人土田には何らの過失も存しない。

3  仮に控訴人らに損害賠償義務があるとしても、控訴人らは訴外ちいの入通院治療費として金九六万八八四五円を弁済しているところ、前示のとおり本件事故は訴外ちいが信号を無視して横断する重大な過失によつて発生したものであるから、訴外ちいの損害額を算定するにあたつては、被控訴人の被つた全損害について過失相殺をなしたうえ、過失相殺後の金額から前示の弁済額を控除すべきである。

第二証拠関係〔略〕

理由

一  当裁判所は被控訴人らの控訴人らに対する本訴請求は原判決が認容した限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余を失当として棄却すべきであると判断するが、その理由は次につけ加えるほか原判決の理由と同一であるからここにこれを引用する。

1  原判決書七枚目表二行目中「言」の下に「、当審における控訴人土田孝士本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)」を加え、同九行目中「ている。」を「、右中央分離帯の基礎の北端は本件事故現場である前示横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)の南側の線に接しているが、右基礎の上に設置された鉄柵の北端は右分離帯の北端から約五・二メートル南に位置する。」を、同裏四行目中「南北道路を」の下に「時速約五〇キロメートルの速度で」を加え、同五行目中「(走行速度は不明)」を削る。

2  同七枚目裏一〇行目中「停止した。」の次に行を改め「右衝突地点(以下「本件衝突地点」という。)は、本件横断歩道北側の線に接近し、東側歩道の西側端から約一三・二五メートル、西側歩道の東側端から約三・一メートルの本件横断歩道上であり、控訴人土田は右衝突地点で控訴人車の前部を訴外ちいに衝突させて同人を右地点から約五・三メートル北側の本件交差点内の路上に転倒させた。」を加える。

3  同七枚目裏末行「以上の事実」から同一〇枚目表一〇行目中「ならない。」までを次のように改める。

「以上の事実が認められ、当審における証人浜野保の証言、控訴人土田孝士本人尋問の結果中、右の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信することができないし他に右の認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によると、控訴人土田が訴外ちいを進路前方約一三・八メートルの距離に発見したとき、同訴外人は控訴人車の走行する幅員七・七メートルの片側車線の中央附近まで進出して来ており、右車線は西側商店街の照明等により割合に明るくかつ見通しも良好で、当時控訴人土田は時速約五〇キロメートル(秒速約一三・八八メートル)で進行していたのであるから、同控訴人において進路前方を注視して走行しておれば早期に訴外ちいの姿を発見し、事故の発生を回避することが可能であつたというべきである。

この点に関し控訴人らは反対車線の横断歩道上の歩行者は、路上の照明の程度、中央分離帯などのため確認することは困難である旨主張するけれども、前示認定のとおり、右鉄柵は地上約一メートルの高さで横断歩道の南側の線の約五・二メートル手前で終つていることに、成立に争いのない乙第一号証の記載及び添付の写真、前掲原審証人長田祐二、当審証人浜野保の各証言(ただし後記措信しない部分を除く)を総合すると、少くとも衝突地点の約三九・七メートル手前では反対車線の横断歩道上を中央分離帯に向かつて歩行中の横断者の有無を確認することは可能であることが認められ、右認定の事実に、前判示の控訴人土田が訴外ちいを発見したとき、同訴外人はすでに控訴人車の進行車線の中央附近まで進出していたことをあわせ考えると、控訴人土田が本件交差点に向つて進行中前方を注視し、横断歩道上の歩行者の有無に注意して走行しておれば、訴外ちいとの衝突を回避するに必要な充分な距離に同訴外人の姿を発見することは可能であつたとみるべきであり、原審証人長田祐二、当審証人浜野保の証言中以上の認定に反する部分はたやすく措信することができない。

控訴人らは、控訴人土田が本件横断歩道に向かつて北進中、本件衝突地点の手前約三八メートルの地点で控訴人車の左から高速で同車を追い越し、その進路に入り込み本件交差点に進入した車両(以下「追越車両」という。)があつたので進路をやや左に変更した旨主張し、乙第一号証、原審証人長野祐二の証言によれば、控訴人土田は本件事故直後に行われた司法警察職員長野祐二による実況見分の際立会人として同旨の指示説明をなし、当審における右控訴本人尋問の結果中においても同旨の供述をするが、前示認定の事実に徴すると、時速約五〇キロメートルで走行する控訴人車は進路を左に変更したと主張する地点から約三秒後には横断歩道に到達することとなるのであるから、追越車両が横断歩道を通過した後、控訴人土田が訴外ちいを発見した約一三・八メートル手前に達するまでの間に、訴外ちいにおいて控訴人の進路前方にあたる車線の中央附近まで進出できる時間的な余裕があつたものとは到底考えることはできないし、また追越車両がその進向車線に進出した訴外ちいを避け、その直前または直後を通過したと推認することも困難であつて、控訴人らの主張にそう前示実況見分時における控訴人土田の指示説明、当審における控訴人土田本人尋問の結果はにわかに措信することはできない。

次に、控訴人らは、控訴人土田は衝突地点の約二五ないし二六メートル手前で対面信号が青を表示しているのを確認した旨主張し、前掲乙第一号証、原審証人長野祐二の証言、当審における控訴人土田孝士本人尋問の結果によると、控訴人土田は前示実況見分時に、交差点にさしかかつた際対面信号が青であることを確認した旨指示説明し、当審においても同旨の供述をしているけれども、その確認の時期に関する供述は極めてあいまいであつてにわかに措信することができない。

さらに控訴人らは衝突後控訴人車が停止したとき、対面信号は青を表示していた旨主張するので検討する。

前掲原審証人長野祐二は、前示実況見分の際、控訴人土田は警察官長野祐二に対し、事故時控訴人車に女性の乗客二名が乗車しており、衝突直後同人らに信号の表示を確認させた旨を告げて乗客二名の住所氏名を申し出たので、右申出に基づき谷村(現在千草姓)圭子ほか一名から事情を聴取したところ、同人らは控訴人車の停止後、信号を見た時青であつたと述べていた旨供述するけれども、右のような本件事故発生の原因に関する重要な事実を知る乗客につき証人として証拠調べができるにもかかわらず、その取調べを求めていないので、同乗客の言として右の事実を認めることは躊躇せざるをえないのみか、前示のとおり控訴人車は衝突後約六・七メートル走行して交差点内で停止しており、右停車後控訴人土田に促され乗客らが信号の表示を確認するまでの間、或る程度の時間の経過が存したものと推認されるところ、当審証人浜野保の証言により成立を認める乙第一七号証、当審における控訴人土田孝士本人尋問の結果中控訴人らの主張にそう記載ないし供述によつてはいまだ本件事故発生時またはその直前における信号の表示が青であつたことを肯認するに足りない。かえつて前示乙第一号証、原審証人長野祐二の証言によると、車両の横断歩道の歩行者用信号の表示が青から赤に変つた後約九秒を経過すると南北車線の車両用信号の表示が赤から青に変わることが認められ、右の事実に前示認定のとおり訴外ちいは交通の頻繁な本件交差点に設けられた全長約一六・三五メートルの本件横断歩道を東から西に向かいすでに一三・二五メートル歩行し、西側歩道まであと約三・一メートルを残す地点で本件事故に遭遇していることに、原審及び当審における被控訴人木村利秋本人尋問の結果をあわせ考えると、訴外ちいは対面する歩行者用信号機の表示する青の信号に従つて横断を開始したものであり、仮に横断途中で南北の車両信号が青に変つたとしても、自動車運転者としては右のように幅員の広い道路において対面信号が赤信号から青信号に変わつた直後いまだ横断を了していない歩行者のあることを予想し、進路前方の横断歩道上の歩行者の有無に注意して進行すべき義務があるというべきであり、訴外ちいが反対車線の横断歩道上を歩行していたことを視認できたにもかかわらず控訴人土田は同訴外人を約一三・八メートル手前で発見したというのであるから、控訴人土田の過失を認定するについて何ら妨げとなるものではない。

そうすると、本件事故の発生につき控訴人土田に前方注視義務に違反する過失があり、控訴会社が事故時控訴人車両を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、控訴人土田は民法七〇九条により、控訴会社は自動車損害賠償保障法三条により、訴外ちいが本件事故によつて被つた損害を賠償する責任がある。」

4  同一三枚目表三行目中「被告らは」から同五行目中「できない。」までを次のように改める。

「控訴人らは本件事故の発生につき訴外ちいにも過失があつたから同訴外人の被つた損害全額につき過失相殺をなし、控訴人らが弁済した入通院治療費は過失相殺後の損害額から控除されるべきである旨主張するけれども、当時控訴人らの主張する追越車両が存したものとは認められないし、また訴外ちいは歩行者用信号機の表示する青の信号に従つて横断を開始したと認められることは前判示のとおりであつて、仮に横断の途中に南北の車両信号が青に変わつたとしても、同訴外人は西側歩道の約三・一メートル手前で本件事故に遭遇していること、その他前判示の控訴人土田の過失の態様に照らし、これをもつて過失相殺として斟酌するのは相当でなく、控訴人ら主張の金九六万八八四五円が入通院治療費として支払われたものであることは当事者間に争いがないから、その余の点について判断するまでもなく控訴人らの前示主張は採用できない。」

二  そうすると、控訴人らは連帯して控訴人両名に対しそれぞれ金九三万五〇〇〇円及び弁護士費用を除く各内金八五万円に対し、いずれも本件不法行為の日以後に属する控訴会社は昭和五一年八月一八日から控訴人土田は同月一九日から、弁護士費用各内金八万五〇〇〇円に対し、控訴人らはそれぞれ本件不法行為の日以後に属し、かつ原審判決言渡の日の翌日であること記録に照らし明らかな昭和五四年五月三一日からいずれも民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

三  よつて、被控訴人らの本訴請求を右の限度で正当として認容した原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がないからこれを棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人らに負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 舘忠彦 名越昭彦 木原幹郎)

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